宿のバイキング形式の朝食、7時からというので7時に行ったら、もうかなりの方が席について召し上がっていらした。10分前くらいに来ても良かったみたい。7:50の送迎バスに乗るには、早く食べた方がよかったのだ。パンはなかったが、生乳で低脂肪牛という牛乳が置かれていた。土産物屋で佐渡牛乳入りというお菓子を見る割には、牛乳とかヨーグルトとかは見なかったので、佐渡牛乳ってどうなっているかなと思っていた。早速飲んでみたが、低脂肪乳を感じさせない美味しさだった。
和食中心だが肉団子とかハムなども置かれていた。野菜もサラダや煮物、などが置かれていた。最初にあったのは茶粥、佐渡は番茶が置かれていることが多かったが、佐渡番茶も土産物屋に売られていた。茶粥も定番なのだそうだ。ただ、私はおかゆはそれほど食べたいと思わず、普通のご飯にした。食べてみておいた方がよかったですね。
宿からの加茂湖。養殖いかだが沢山浮かんでいたがカキの養殖が盛んだそうだ。

少しにしたら良いのに、いつも通り一通り頂いて、お腹いっぱい。慌てて部屋に戻って、身支度を整えて、時間きっかりにロビーへ。
ところが、バスに乗り込んでも、後2人来るから待ってと言われた。私の頭の中は、8:05発と刷り込まれていて、イライラしていたら、おじさんが2人乗り込んできた。1人は5分は遅れていたのに、挨拶もしない人だった。宿から両津港までは多分10分はかからないけれど、ハラハラ。実は時刻表の一番最初は監督署前になっていて、そこが8:05で両津港は8:10分だったので十分時間はあったのだった。
その時は、気づかず、降りて雨の中を走って、バス券売り場に行き、1500円の一日パスを買い求めた。昨日のバスガイドさんが、明日は金山に行くと話したら、一日パスの方が安いですよと教えて下さったのだった。一日パスは良いけれど、無くさないようにしないとね。リーダーに上着のここに入れたので、覚えて頂くようお願いした。降りる時に見せるだけでよいそうだ。
バスは佐渡島の山と山の間を縦断する低地を走る。さびれた商店街を通り、田んぼの多い所を走る。小雨の中、田んぼの方を見ている家族連れがいらしたので、もしかしたらトキがいるのかしらと探したが、見当たらなかった。宿の方が、加茂湖と反対側の田んぼの方の林にトキが営巣していて、散歩に出たら、見たという方もいらっしゃるというお話だったが、朝から雨なので、早朝に目が覚めたけれど、散歩に出る気にもならなかった。部屋は加茂湖側だったから、田んぼの方は見えなかった。
田んぼがあると、トキいないかなとみていたが、そのうち眠ってしまって、相川という西側の中心地らしい町のあたりで、目が覚めた、海がちらっと見えたが、大体は波消しブロックしか、見えなかった。相川から山の方に向かうと、海も見えた。

奉行所跡もあった。時間がないし、車窓から見ただけ。

その後ピンク系の河原屋根の洋式の建物が郷土博物館になっているのが見えた。

そのあたり、いくつかの博物館などがあるみたいだった。

さらに山の中に入って行ったところに金山前のバス停があった。


ザックをロッカーに入れた。東京とか旅行先の観光地だと大型のロッカーは700円とかするのに、こちらは200円。4つしかなかったが皆空いていた。1人ずつザックを入れて身軽になった。バスで観光に来る場合は余計な荷物は車内に置いて行けるから楽ですね。
すぐ先に入口があり、通行券を買い求めて(1500円)入場した。最初は結構急階段を下りるので、気を付けて降りた。通路には、色々なデータが表示されていた。

その先にニュースなどで見る坑道の人形が設置されていたが、こんなに沢山の人形が置かれているとは思わなかった。
排水作業



昔の人たちは楔上の金具を木づちでたたきながら掘り進んだそうで、気の遠くなるような作業だった。重要なのは湧き出る水の排水と、酸素不足にならないように送風することだったそうだ。もちろん実際に鉱物を取る金穿大工の給料が一番労働者の中では良かったそうだが。人形には病気やけがはないけれど、実際には多くの犠牲のもとに金銀が生産されたのだろうと思った。
一通り、見学したら、最後は資料館に出て、金銀鉱石や小判などの展示を見た。


みやげ物店を通って外に出る仕組みだった。金塊を触れるようになっていたが、手の大きな人は手が入らなかった。昔はずっしりした金塊を持ってみることもできたらしいが、今は安全のために中止したらしい。
平成になってから資源が枯渇して廃業したとのこと。意外に近年まで採掘が続いていたのですね。
みやげ物は金ぴかの箱に入ったカステラとか小判チョコが代表的のようだった。
近代坑の方に行かないとならないので、素通りして入口から左手の近代坑に入る。こちらは明治以降の採掘場で、発破や機械を使っての採掘らしかった。トロッコの軌道が敷かれていて、トロッコの展示などもあった。坑道は、プロジェクトマッピングでカラフル。マグマと見まがう所は音も出ていた。

一部は地元の酒屋さんの貯蔵庫になっていた。坑道の中は、途中の寒暖計によると6-7度程度で寒かった。
いったん出口から外に出て、トロッコの座席などの展示や、機械の展示などを見てから、さてどちらに行けばよいのか?よく分からず、雨模様でもあり、本来は逆回りはダメらしかったのに、人が少ないのを良いことに逆走してしまって、元の入り口のところに出た。

その後、土産物店の方に戻って、少し土産を購入。笹団子とソフトクリームの売店があり、坑道は寒かったのだが、ソフトクリームを頂いた。金粉がのっていた。
ソフトクリームもおいしかったが、笹団子も捨てがたかったのだが、お茶が付かないし、200円もするので止めて置いた。昔は100円位だったと思うとなかなか手が出ない。もちろんソフトクリームの方が高かったが、一日パスの裏をよく見たら、ソフトが50円やすくなるというので、50円引きしていただいた。

バス停に戻り、ロッカーからザックを出して、バスを待った。時間通りに来たバスに乗り込み、元来た道を辿る。来るときは気が付かなかったが、しばらく海沿いから一つ中側の道を通っていた。十字路毎に海がちらっと見えた。
それから真ん中の田んぼの多い道になり、またトキを探しながら外を見たが、まだ雨模様で飛んでいなかった。路線バスはターミナルのすぐ前に停まって、すぐにエレベーターで3階に。ドン、ドンという太皷の音が響いていた。何かやっているのかなとみてみたら、鬼太鼓の演技だった。獅子舞もあって、獅子が鬼と戦っているのかなと思ったが、鬼役が若い高校生らしい子たちだった。

面白い演技を見ることができました。
お昼なので、ターミナルの食堂でうどんでもと思って食券を買い求めたが、大勢が待っていて、食券を出すにも時間がかかった。出航の時間を見ながら、やっと出来上がって、急いで頂いたが、間に合わずにキャンセルする人たちもいた。ただ、料理する人がその対応をしていたので、ますます時間がかかっていた。
私達は素うどんとか蕎麦だけだったので、割と早かったが、券の番号ではなく、食券を出した順だったので、差ができてしまった。まあ、時間は十分だった。
佐渡汽船の売店では、地元のものも多めに出ていたので、ながも(アカモク)蕎麦とかわかめなどを買い足して、ジェットフォイルの待合室へ。
まもなく乗り込んだが、こちらはフェリーとは違って大分小さい船だった。一律の値段だが、私達は2階席だった。海も穏やかで、短かった佐渡島とお別れ。海原に停まるところもないのにかもめが船の回りを飛んでいた。


一時間ほどで、新潟港に着いた。伊豆大島の船では、救命胴衣の場所とつけ方の説明などがあったが、こちらの船はフェリーでもジェットフォイルでも説明はなかった。伊豆のころは知床の転覆事故の後だったから、念入りだったのかもしれない。
やがて新潟港の左手に煙突が見えてきて、まもなく接岸して下船。
降りたらすぐにバス乗り場に直行して、待機していたバスに乗り込んだ。座席はバラバラだったがなんとか座れたが、その後も続々と乗り込んで満員。次のバス停でも人が乗り込んで大変そうだったが、無事に新潟駅に着いた。新潟では、万一船が遅れることがあっても、乗れるように少し時間の余裕があったが、新潟見物できるほどではなく、駅の待合室で、待機。無事に大人の休日倶楽部で手配していた列車に乗り込んで、明るい内に帰宅出来た。リーダーも私も26日は朝から仕事予定だった。
山では雨に遭わずに済み、沢山の花を見て、雨だったが坑道に入って金山の見学もできて、弾丸旅行だったが良い思い出になりました。
大野亀のトビシマカンゾウの花はこれかららしい。5月24日~6月8日の土日のみライナーバスも出るらしい。朝9:15しか出ないし、帰りは12:30発13:40着だから、私達の船には間に合わなかった。船を一台遅らせたら可能だったかも。次の機会があるとしたら、見てみたいものです。